2026.07.22

第13章

運動療法とは筋トレではない

脳は筋肉ではなく「動き方」を覚えている

患者さんによく聞かれます。

「先生、この筋肉が弱いから鍛えれば治りますか?」

私は昔、

「はい。」

と答えていました。

しかし今は、

少し違う答えをします。

「筋肉を鍛えることも大切ですが、それ以上に”どう使うか”が大切です。」


筋肉は命令通りにしか動かない

例えば

大腿四頭筋。

筋肉には

考える力はありません。

筋肉は

脳から命令が来た時だけ

収縮します。

つまり

筋肉は

優秀な作業員です。

しかし

監督ではありません。

監督は

脳です。


脳は筋肉を一つずつ動かしていない

ここが

非常に重要です。

例えば

歩く時。

脳は

「右の中殿筋。」

「左の腹斜筋。」

「右の前脛骨筋。」

こんな命令は出していません。

そんなことをしていたら

歩く前に

日が暮れます。

脳は

もっと大きな単位で命令しています。


Movement Pattern

脳が覚えているのは

筋肉ではありません。

動きのパターン

です。

例えば

歩く。

立つ。

座る。

階段。

ジャンプ。

これら全部

パターンです。

つまり

筋肉ではなく

協調運動を覚えています。


Bernsteinが残した言葉

ロシアの生理学者

ニコライ・ベルンシュタイン
(Nikolai Bernstein)

非常に有名な言葉を残しました。

Practice is a particular way of repeating without repeating.

日本語にすると

「練習とは、同じことを繰り返すことではなく、毎回少しずつ違う状況の中で課題を解決することである。」

私は

この言葉が

運動療法の本質だと思っています。


自由度問題

人間には

約600個以上の筋肉があります。

関節も

何百とあります。

もし

全部を

一つずつ制御していたら

歩けません。

つまり

脳は

細かく制御していません。

必要な筋肉を

グループとして

まとめています。

これを

自由度問題
(Degrees of Freedom Problem)

と言います。


患者さんは筋肉を忘れたのではない

ここで

私の考えがあります。

患者さんは

筋肉を失ったのではありません。

正しい協調運動を失った

のです。

例えば

中殿筋。

筋力検査では

問題ありません。

でも

歩くと

骨盤が落ちる。

これは

筋力不足ではなく

タイミングの問題かもしれません。


筋力5でも歩けない人

臨床では

よくあります。

MMTは

5。

でも

歩くと

ふらつく。

逆に

MMT4でも

歩き方が

非常にきれいな人もいます。

つまり

筋力だけでは

説明できません。


私が運動療法で最初に見るもの

昔は

筋力でした。

今は

違います。

私は

最初に

タイミング

を見ます。

いつ

働くか。

どの順番で

働くか。

どれくらい

力を抜けるか。

これが

姿勢を決めています。


力を入れる能力より

力を抜く能力

患者さんへ

こう聞くことがあります。

「力を入れてください。」

皆さん

できます。

次に

言います。

「全部の力を抜いてください。」

意外と

できません。

慢性痛患者では

特にそうです。


ONとOFF

正常では

筋肉は

必要な時だけ

働きます。

ON

↓

OFF

↓

ON

↓

OFF

非常に

効率的です。


慢性痛では

違います。

ON

↓

ON

↓

ON

↓

ON

これでは

疲れます。

そして

疲れると

Passive Supportへ

逃げます。

つまり

今までの話へ

戻ります。


「鍛える」だけでは変わらない理由

例えば

腹横筋を

毎日鍛える。

でも

立つと

使えない。

歩くと

使えない。

これでは

意味がありません。

なぜなら

脳は

その筋肉を

その場面で

使うことを

学習していないからです。


運動は環境の中で学習する

ここで

最近の運動学習理論が

出てきます。

例えば

床が違う。

靴が違う。

速さが違う。

荷物を持つ。

階段。

坂道。

全部

条件が違います。

脳は

その都度

答えを

探しています。

つまり

毎回

少し違う。


Schema Theory

Richard Schmidtは

こう考えました。

脳は

一つの正解を

覚えているのではない。

たくさん経験して

ルール(Schema)

を覚えています。

だから

初めての道でも

歩けます。

初めて持つ荷物でも

持ち上げられます。


私の運動療法が変わった理由

昔は

患者さんに

「この運動を10回。」

と言っていました。

今は

少し違います。

例えば

同じスクワットでも

腕を組む。

前へ伸ばす。

片足へ荷重。

視線を変える。

呼吸を変える。

テンポを変える。

少しずつ

条件を変えます。

すると

脳が

考え始めます。

私は

これが

学習だと思っています。


正解は一つではない

ここで

私が最も大切にしていることがあります。

昔は

「理想の姿勢」

があると

思っていました。

しかし

今は

違います。

私は

理想の姿勢より

理想の適応能力

があると思っています。

つまり

姿勢とは

一つの形ではありません。

状況に応じて

自由に変えられる能力です。


私が考える「良い姿勢」

ここまで13章かけて

Active Support

Passive Support

神経

呼吸

発達

疼痛

運動学習

を説明してきました。

そして今、

私は「良い姿勢」をこう定義しています。

良い姿勢とは、見た目が真っすぐな姿勢ではなく、その瞬間の課題に対して最も少ないエネルギーで、必要な筋肉を適切なタイミングで使い、不要になればすぐに力を抜ける状態である。

だから私は、

写真を見て「姿勢が良い」「悪い」と決めることには慎重です。

同じ姿勢でも、

  • その人が楽に保てているのか
  • 常に力んで保っているのか
  • すぐに姿勢を変えられるのか

では、身体の状態はまったく違うからです。


ここで、私の理論が一つにつながる

ここまで書いてきて、

私の中では一つの流れができました。

重力

↓

呼吸

↓

腹圧

↓

感覚入力

↓

神経制御

↓

運動学習

↓

筋活動

↓

姿勢保持

↓

Passive Supportは必要最小限

↓

組織への負担分散

↓

慢性痛予防

逆に慢性痛では、

痛み・疲労・生活習慣

↓

呼吸戦略の変化

↓

腹圧低下

↓

感覚入力低下

↓

運動パターンの固定化

↓

筋活動の非効率化

↓

Passive Support依存

↓

クリープ

↓

受容器変化

↓

脳の防御反応

↓

さらに動かない

という悪循環が起きているのではないか。

これが、ここまで積み上げてきた私の仮説です。