2026.07.22

第15章

治療とは何を変えることなのか

私が臨床で目指しているもの

私は新人の頃、

治療とは

痛みを取ることだと思っていました。

患者さんが

「楽になりました。」

と言えば

成功。

翌日また痛くなれば

失敗。

そんな風に考えていました。

でも、

患者さんを何万人も診る中で、

その考えは少しずつ変わりました。


痛みは結果である

肩が痛い。

腰が痛い。

膝が痛い。

もちろん、

痛みを和らげることは大切です。

しかし、

痛みだけを追いかけていると、

いつまでも

追いかけ続けることになります。

私は

痛みではなく、

身体がその痛みを選ばざるを得なくなった理由

を探すようになりました。


人体は常に最善を選んでいる

これは

私が臨床で最も大切にしている考え方です。

身体は

間違えません。

今の姿勢も、

今の筋緊張も、

今の歩き方も、

その人にとって

その瞬間の

最善の選択

なのです。

もちろん、

効率が悪い選択かもしれません。

長く続けば

痛みにつながる選択かもしれません。

でも、

脳は

その人を守るために

そうしているのです。

だから私は、

「悪い姿勢」

という言葉を、

できるだけ使わなくなりました。


身体は嘘をつかない

患者さんは

言葉では

「痛くありません。」

と言うことがあります。

でも、

立ち方を見ると、

片脚へ逃げています。

呼吸を見ると、

胸だけが動いています。

歩き方を見ると、

一歩だけ小さくなっています。

つまり、

身体は

今の戦略を

正直に教えてくれています。

私は、

その情報を

読み取ることが

評価だと思っています。


治療は「戦うこと」ではない

昔の私は、

硬い筋肉を

何とか伸ばそうとしていました。

関節を

何とか動かそうとしていました。

でも、

ある時気付いたのです。

身体は

抵抗しているのではなく、

守っている

だけなのだと。

もし

身体が

そこを硬くしているなら、

理由があります。

その理由を無視して

無理に緩めても、

また元へ戻ります。


私は身体と交渉している

私は、

治療中によく考えます。

「この身体は、

なぜここを硬くしているのだろう。」

「なぜこの筋肉を使わなくなったのだろう。」

そう考えると、

身体は

敵ではなくなります。

患者さんの身体と

私は

戦っているのではありません。

対話している

のです。


施術だけでは終わらない理由

施術をすると、

筋緊張は変わります。

関節も動きます。

呼吸も変わります。

でも、

それだけでは

終わりません。

その状態で

新しい動きを経験しなければ、

脳は

「たまたま変わった。」

としか認識しません。

だから私は、

施術の後に

運動療法を行います。

ここで初めて、

脳は

「この状態で動くのが新しい基準なんだ。」

と学習を始めます。

これは、

これまで説明してきた運動学習や感覚入力の考え方とも一致しています。


私が運動療法を好きな理由

運動療法は

筋トレではありません。

患者さんへ

「あなたの身体は、

こうやって動けるんですよ。」

と教える時間です。

そして、

患者さん自身が

「本当だ。

痛くない。」

と体験することが

何より重要です。

私は、

その瞬間こそが

治療だと思っています。


「治している」のではない

患者さんから

時々言われます。

「先生に治してもらいました。」

ありがたい言葉です。

でも私は、

少し違う考えを持っています。

私は

身体を治しているのではありません。

身体が本来持っている能力を

発揮しやすい環境を

作っているだけです。

実際に変化しているのは、

患者さん自身の身体です。


私が一番うれしい瞬間

一番うれしいのは、

患者さんが

「もう大丈夫です。」

と言って

卒業していく時です。

痛みがゼロだからではありません。

自分で身体を理解し、

自分で調整できるようになった時です。

その時、

患者さんは

治療を受ける人ではなく、

自分の身体の管理者

になります。

私は、

そこが本当のゴールだと思っています。


この本を書き終えて

最初、

私は

Active SupportとPassive Supportについて

整理したいと思っていました。

しかし、

書き進めるうちに、

もっと大きなテーマになりました。

この本は、

筋肉の本でも、

姿勢の本でもありません。

人間が重力とどう付き合いながら生きているのか。

その物語です。


私が最後に伝えたいこと

もし

あなたが患者さんなら、

姿勢が悪いからといって

自分を責めないでください。

今の姿勢は、

あなたの身体が

今まで頑張ってきた結果です。

そして、

もし

あなたが治療家なら、

患者さんの姿勢を

「矯正する対象」

として見るだけではなく、

「その人が生きてきた歴史」

として見てほしいと思います。

姿勢には、

仕事があります。

生活があります。

ケガがあります。

呼吸があります。

痛みがあります。

そして、

その人が積み重ねてきた

何年もの適応があります。

だから私は、

姿勢を変えるのではなく、

未来の適応を一緒に作る。

その気持ちで、

毎日患者さんと向き合っています。


エピローグ

この本で何度も出てきた言葉があります。

Active Support

Passive Support

私は最後に、

この二つを少し違う言葉で表現したいと思います。

Active Supportとは、

「身体が未来へ向かって動く力」

Passive Supportとは、

「身体が今を守るための力」

どちらも必要です。

どちらが正しい、

どちらが悪い、

という話ではありません。

大切なのは、

必要な時に支え、

必要な時に動けること。

その切り替えができる身体こそ、

私は本当に健康な身体だと思っています。